世界遺産が地域を拓(ひら)く

知床・オホーツク圏の広域的な連携と発展
−知床方式で持続可能な地域の発展へ−












ユネスコの第29回世界遺産委員会が7月10日から17日まで南アフリカのダーバン市で開催されました。知床が世界遺産としてふさわしいかどうかの審議は、7月14日に行なわれ、賛成多数で異例ともいえる9分間で決まり、世界遺産委員会の最終日の17日にユネスコの世界遺産リストに登録されました。

世界遺産委員会では、世界遺産リストへの新登録物件への審議に注目が集まりますが、知床の審議が1日延びた理由は「世界遺産リストに登録されている物件の保護管理状況」の報告に多くの時間を要したことです。

世界遺産は、登録後も地震、台風などの自然災害、戦争、紛争、無計画な開発行為、観光圧力などの人為災害などあらゆる脅威や危険にさらされ、登録申請時の真正性や完全性が損なわれることが多々あります。

知床の場合も、世界遺産になったからそれで良いということではなく、これからがスタートと考えた方が良いと思います。当然のことながら世界遺産としての知床、世界遺産地としての斜里町や羅臼町への世界的な監視(モニタリング)の目も厳しくなります。

保護管理状況の報告については、6年毎の定期報告だけではなく、保護管理上好ましくない状況が顕在化すれば、リアクティブな報告を世界遺産委員会で求められることになります。

世界遺産になることによるメリットやデメリットは、立場によって異なりますが、知床が世界遺産になることの最大のメリットは、保全意識がこれまで以上に高まることだと思います。そして、「さすが世界遺産の知床だね」という期待感と現実とのギャップが生じない継続的な努力が求められます。

国内外の世界遺産地も夫々が多くの課題を抱えており、枚挙に暇がありませんが、ここでは、コンゴ民主共和国の「ガランバ国立公園」(1980年登録 1996年危機遺産登録)、インドネシアの「スマトラの熱帯雨林遺産」(2004年登録)、オーストラリアの「グレート・バリア・リーフ」(1981年登録)、アメリカ合衆国の「エバーグレーズ国立公園」(1976年登録 1993年危機遺産登録)、日本の「屋久島」(1993年登録)など15の事例を紹介しました。

知床の場合、ヒグマなど野生動物による人身被害、登山道の荒廃、自生植物の踏み荒らし、シレトコスミレなど固有種の摘み取り、山岳部のし尿問題、タバコの不始末による森林火災、海洋の水質汚染などが懸念されるところです。カナダの「カナディアン・ロッキー山脈国立公園」(1984年登録)の様に「知床国立公園」など知床世界遺産登録地域に入る際の観光客、登山者等を対象にしたパスポート制度も検討してみてはどうかと思います。

 また、一方において、世界遺産・知床を利活用し、オホーツク圏の地域振興につなげて欲しいと思います。その為には、根室・釧路圏、道北圏、十勝圏なども含めた広域的な連携を図り持続的な地域の発展をめざし、オンリー・ワンでも良いから、知床方式ともいえる世界そして日本の他の地域のお手本になる知床モデルを構築してもらいたいことです。

これから、知床ルールづくりの検討が進められていくと思いますが、何故にルールが必要なのか、世界遺産の理念、意義、目的などの精神を反映した「知床憲章」をまず制定すべきだと思います。これは、管理者の視点だけではなく、住民、この地で働く人、この地を訪れる人等、あらゆる立場の人が納得できる普遍的なものであるべきです。また、知床の利用者等からの募金による「知床世界遺産保護基金」の造成も検討してみてはどうかと思います。

知床の世界遺産登録推薦は、環境省、林野庁、文化庁による共同推薦です。自然遺産への登録ということもあって、これまでは、環境省が主体であり宿題も積み残されていますが、今後は、文化庁の視点も導入すべきだと思います。

なかでも重要なのは、オホーツク海と知床半島の厳しい自然環境と漁業者など人間が長年培ってきた生業、生活との共同作品ともいえる文化的景観であり、また、大いなる知床(シリエトク)のオクシベツ川流域の環状列石(ストーン・サークル)、先住民族アイヌのコタン(集落)の遺跡、生活用具などの有形民俗文化財、古式舞踊やアイヌ紋様などの無形民俗文化財も、きわめて貴重なものだと思います。

先住民族アイヌにかかわるものについては、知床半島だけではなく周辺地域にも数多く残されており、登録範囲の拡大も含めた文化遺産としての価値も認められ、わが国初の複合遺産になる可能性も秘めています。

知床が世界遺産になったことによる地域振興効果で顕在化するのは、観光入込み客数の増加でしょう。このことによって、地元経済の活性化や雇用の増加につながれば、この上ないことです。

他の世界遺産地で、世界遺産登録時と現在の観光入込み客数の比較をした場合、例えば、屋久島の場合 1.5倍(1993年世界遺産登録 21万人→32万人)、白川郷の場合 3.9倍(1995年世界遺産登録 34万人→132万人)、厳島神社の場合 0.88倍(1996年世界遺産登録 300万人→265万人)という結果になっており、一律的なものではありませんが、増加する傾向にあります。

知床の場合、現在230万人、一時的には年率20%程度の観光客は増えるでしょうが、5年後、10年後にどの様になっているか注目されるところです。持続可能な観光の発展を考える場合、道外客を増やすこと、また、国内のみならず、韓国、中国、台湾等をはじめとする海外からの観光客を増やすことです。なかでも、四季を通じての知床半島やオホーツク海、そして、海氷(流氷)を見たことがない知床以南の国内外からの冬場の観光需要に着目すべきです。

また、重要なことは、摩周湖・屈斜路湖・阿寒湖、大雪山、釧路湿原などの観光資源、それに、北海道の農業・農村景観にも関心の高い外国人は多いので、これらとの広域的な連携、観光ルートを再構築していくべきです。

世界遺産関連ビジネスとしては、知床、或は、世界遺産に関連した国際会議の開催場所になる機会が多くなること、それに、世界遺産ガイドをはじめとする英語、フランス語、中国語、韓国語などの通訳や翻訳が出来る人材が必要になってくることです。

自然保護と観光開発とのバランスをとっていくことはきわめて困難な課題です。観光は、場合によっては、観光圧力(ツーリズム・プレッシャー)としての危険因子もなりうる、両刃の剣でもあるからです。

知床の地域づくりの課題は、人間と野生生物、或は、先住民族と開拓民族、場合によっては、ロシア連邦の千島列島(クリル諸島)との共存・共生、それに、海洋保護と漁業との両立がキーワードになることをこれまで言ってきましたが、道州制を導入することによって、知床半島を取り巻く既成の枠組みを越えた広域的な行政管理システムを一体化することも重要なのではないかと思います。

    古田 陽久

 



本稿は、2005年8月8日(月)に道新オホーツク政経文化懇話会(北海道新聞北見支社主催)で講演した「世界遺産が地域を拓く」の要旨です。詳しくは、2005年8月9日(火)8月12日(金)、8月13日(土)の北海道新聞朝刊<8月12日(金)、8月13日(土)は北見版>をご覧ください。










参考文献
世界遺産データ・ブックー2006年版ー
世界遺産学のすすめ−世界遺産が地域を拓く−

世界遺産ガイド−世界遺産条約編−

世界遺産ガイド −世界遺産の基礎知識−
世界遺産ガイド −図表で見るユネスコの世界遺産編−
世界遺産キーワード事典
世界遺産ガイド −自然景観編−
世界遺産ガイド −文化遺産編−4.文化的景観
世界遺産ガイド −日本編 −2004改訂版
誇れる郷土ガイド −全国47都道府県の誇れる景観編 −
誇れる郷土ガイド −日本の国立公園編 −
誇れる郷土ガイド −北海道・東北編 −














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