雲仙お山の情報館

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雲仙の歴史・史蹟
雲仙の歴史☆温泉山の歴史  ブログ http://blog.goo.ne.jp/westmac/    雲仙山・満明寺 :You Tube
 雲仙を開山したのは、奈良時代の僧「行基菩薩」(668〜749)だと言われています。高野山や比叡山よりも100年も早く、今から、およそ1300年程前701年(大宝元年)に開山したと言われています。満明寺の上にある公園に、知られることなくひっそりと立ってます。  行基の墓だと伝承されています。雲仙原生沼近くの寺の馬場にありましたが、温泉山満明寺の境内に移動されました。行基伝説は日本全国ににあり、インターネットで「行基」と検索すると膨大なデータが出てきます。興味がある方は是非一度・・。(最初の日本地図、奈良の大仏様、行基集団・・等)
雲仙山満明寺・温泉神社
満明寺・大仏殿
大日如来
八十八ヶ所
温泉神社鳥居
温泉神社門柱
温泉神社社殿
一切経の滝
一切経の滝鳥居 雲仙お山の情報館から小地獄温泉まで、九州自然歩道を徒歩約20分。そして小地獄温泉から宝原方面へ車道を3分程歩いていくとすぐこの鳥居が見えてきます。三鈷の松の案内板があり
 ここから、一切経の滝まで約20分。途中には、左手植林の手前に空海さんの伝説がある三鈷の松があります。空海さん伝承の地には全国にいくつか三鈷の松があります。
三鈷の松 普通の松は、葉が二本なのに“三鈷の松(さんこのまつ)”は葉が三本に分かれています。この松は高野山にだけあると思われていました。三鈷の松がこの地にあるのは、高野山との交流が続いていたころ、雲仙の修行僧の体の保護を願って、高野山の僧が移植したのではないかと歴代の高僧の説が残っています。詳しくHOMEの歴史ブログにアクセスして下さい。
一切経の滝 僧行基は、一切経の地に堂を建て仏道修業の道場と定め、一切経の経文を筆写しこの地に埋めた(滝に流したとの説もある)と伝えられています。当時の苦行の様子は、一切経の滝や行基洞、座禅石などに伺い知ることができます。一切経の滝から道なき道を川沿いに谷を15分ほど下り、そこから道なき非常に険しい斜面を20分程登っていくと、巨大な岩があります。それが行基洞です。途中の植林には白いセロハンテープがあり目印になります。
行基堂 洞窟内はかなり広く、三つの洞窟に分かれています。高さも4,5mはあると思われます。最初の洞窟には信者の皆さんによって建立、寄進の行基菩薩像が正面に安置されてあります。
 また、 その傍らには当時四国と深い関わり合いがあったことを物語る伊予、土佐在と台座に刻まれた小さい石像があります。
その他
鬼石・旧八万地獄

片足鳥居・札の原

雲仙カトリック教会・札の原
東西南北十二支で現している古い雲仙の絵図に、鬼石の場所が記されてあります。温泉山縁起にも「この山の難林王は四面の大鬼なり、行基菩薩に逢いに奉り種々の問答あり又悪鬼あり男鬼の名は空仙鬼、女鬼の名は難林王なり、此の鬼等々を加持すれば即ち鬼石となる。」と記されてあります。(温泉山縁起) かつて温泉神社が四面社と呼ばれていた頃の第一の鳥居で文政10年(1827年)に当時の北有馬村の八木与一兵衛氏によって建立されたものです。その頃雲仙はこの鳥居の先から女人禁制でした。 雲仙の小浜側入口、国道57号線と県道雲仙〜西有家線の分岐点に近い、札の原の小高い丘に建てられたカトリック教会です。昭和56年に建てられました。