国鉄時代の切符
各説明文の中で、現在の状況と合っていない表現がありますが、
それは、その文章を書いた時点での状況ですので、ご了承下さい。

東北本線「秋葉原」・東海道本線「東京」・「有楽町」・「品川」駅硬券入場
「秋葉原」・「有楽町」駅と言うと、「山手線」とか思う人が居るけど、戸籍上、山手線は、「田端〜新宿〜品川」間で、「田端〜東京」間は東北本線に、「東京〜品川」間は東海道本線に乗り入れと言う規格になっているので(JRになってからは知らないけど・・・)。
「東京駅」の入場券は、新幹線のホームに入る為用の「赤い」切符。


中央本線「恵那」駅硬券入場・出場券
当時、硬券の入場券はどこでもあったが、駅硬の出場券(何の為に使って、何の為に貰ったかは記憶がない・・)も揃っているのは、この駅だけかも。

飾磨→飾磨港(播但線支線)乗車券
姫路と飾磨港5.6kmを結んでいた播但線の支線。
一日朝夕の2往復しかなかった。


東北本線「東那須野」駅硬券入場券
東北新幹線開業に伴って、駅名が現在の「那須塩原」に変わってしまいました。

青春18 のびのびきっぷ
現在でも「青春18きっぷ」として、残っているのが嬉しいですね。この切符は、各種の周遊券には含まれない区間を 踏破したり、普通夜行列車で移動する時など、周遊券とかではお金がもったいない時に使いました。
個人的にもすごく活用されてもらいました。


急行「もりおか4号」硬券指定席券
名前の如く、上野と盛岡を常磐線経由で約8時間で結んでいた。
この列車は、盛岡13:10発で上野21:16着で運転されていた。(昭和57年10月現在)
また、当時は1日2往復あった。


信州ワイド周遊券
東京都区内からの、信州ワイド周遊券。
豊橋〜田立間(名古屋経由)のオプションを使う人ってあまりいないみたいですね。このオプションを使えば、 夜行急行の「ちくま」で長野入りできるのに....

特急「あまぎ3号」手書き乗車変更特急券
原券が何の切符だったか覚えていないが、なんで上越方面の切符を 伊豆方面の切符(でも、乗り継ぎ切符だから、熱海から新幹線を使ったのだろう)へ、変更したのか も、当然覚えていない。この頃は、列車を乗りまくっていたから、いつ、どの辺りへいったのかも 定かではない(今思えば、ちゃんとログを採っておけばよかった...)。

新幹線硬券自由席特急券(小倉→東京)
以前は新幹線の切符も硬券だったのにねぇ。
確かこの前日の寝台特急「はやぶさ」の思いっきり奮発のA個室で熊本を出発したのだけど、台風で小倉で打ち切りになり、 小倉で降ろされ、特急券・寝台券(本当は持っていたかったけど、値段が値段だけに...)を払い戻し(当然手数料は0円)、 小倉に泊まって翌日の超満員の新幹線で帰った時のものだった気がする。
A個室の寝台券(当時10000円)を払い戻すと、楽勝でホテルに泊まれて、お釣がくる。

三保→清水(清水港線)乗車券
1日1往復で有名だった、清水港線の三保駅発行の乗車券。
チャレンジ20000kmで、この線の様に、泣かされた線区が結構あった。

宇高連絡船硬券自由席グリーン券
四国と本州を結んでいた宇高連絡船の自由席グリーン券。
現在JRで残っている連絡船は、宮島航路だけなのかなぁ?

普通列車「ながさき号」寝台指定券
旧客の普通列車に10系寝台オハネフ12を1両連結していた。
他に「はやたま」・「からまつ」(共に10系寝台2両連結)があった。
長崎22:59発で大村線経由で早岐1:05着、佐世保0:30発の「ながさき」(こちらには寝台車は連結されていない。早岐0:43着)を 連結し、早岐1:55発で終点の門司港には、5:27着。(昭和55年6月現在)


北海道ワイド周遊券
東京都区内からの、北海道ワイド周遊券。
この頃は、チャレンジ20000kmと共に、駅の途中下車印を押してもらうのに、命をかけていた。


さよなら急行「奥久慈号」硬券記念急行券
”「奥久慈」は、昭和35年12月27日水戸〜磐城石川間に準急気動車列車として 登場した。昭和36年10月1日から「ときわ」に併結され、上野まで直通運転となった。” と、この切符の裏には記載されている。
ディーゼル車が上野口から消滅したのは、勿論寂しかったし、あのパノラミックウィンドウ のキロ28からの外の眺めが好きだったのに...最近のグリーン車は、あそこまで 倒れたりしないからねぇ。特に、特急「きのさき」のグリーン車は、全然グリーン車の気が しない。
キハ181の14連か何かで、特急「ひたち」と特急「奥久慈」の併結なんかを見てみたいと 思うのは、私だけだろうか?


寝台特急「あけぼの6号」硬券座席指定券
いわゆる、上りの寝台列車の座席使用の時の指定券。下りの場合は立席特急券になる。
山形新幹線の開通の為に、現在は陸羽東線経由になってしまったが、秋田新幹線が開通 してしまったら、陸羽東線から陸羽西線を抜けて、羽越本線経由の秋田経由の青森行きに なるのでしょうか?それとも花輪線経由の秋田まで戻っての青森行きになるのでしょうか? それとも....廃止かなぁ?


特急「はくたか1号」硬券指定券
信越本線経由の金沢行きの特急「白山」に対して、上越線経由の金沢行き。
当然だが、長岡で進行方向が変わる。当時は1日2往復あった。


寝台特急「なは」硬券グリーン指定券
まだ、寝台特急「金星」、「明星2・5号」、「彗星1・4号」と同じく583系12両(サシ581は 連結していたが、もちろん営業はしていなかった。)の頃のもの。
現在の「なは」の編成もB1,B2、開放B、指定席とモノクラスながら結構面白くて良いが、 これにサロ24とかを、お得意のサロ481から改造して連結したらもっと、面白いのにね。


急行「由布」硬券自由席グリーン券
博多〜別府間を久大本線経由で走っていたキハ58系の急行。
現JR九州の特急「ゆふ」の前身。


急行「しらゆき」硬券指定券
キハ58系で金沢〜青森間を全線架線の下を走るディーゼル急行として有名だった。
大糸線経由の松本行きの急行「白馬」を金沢〜糸魚川間を併結していた。
金沢9:49発で糸魚川11:56着、糸魚川で松本行きの急行「白馬」(松本14:35着)を分割し、糸魚川12:02 発で、終着の青森には22:18着。


さよなら急行「つくばね号」硬券記念急行券
上野〜勝田を一日一往復、東北本線、水戸線経由で結んでいた。しかも、東北本線から 水戸線に入るとき(逆も)は小山駅を通らずに貨物線でパスしてしまった。結城〜勝田間は 普通列車として運転。この切符は、この「つくばね」が廃止になる前に発売された記念の 急行券です。

急行「ゆのくに」硬券指定券
大阪〜金沢を一日一往復、米原経由で結んでいた。
金沢7:15発で大阪11:30着。


特急「新雪2号」硬券指定券
最近まで上野〜石打を走っていたスキーヤーの為の特急列車。特急「そよかぜ」の冬版 ってところ。でも、上越の雪は重いので、新雪って感じじゃないと思うけど、どっちかというと 当時の特急「白根」(万座・鹿沢口行き)の方が、さらさら雪の万座温泉スキー場に近いので 「新雪」って感じだけど。
ガーラが出来てからはJR東日本も、そちらに力を入れているらしい。


特急「そよかぜ4号」硬券指定券
現在でも夏になると上野〜中軽井沢を走っている。北陸新幹線が開通したら この列車名は、現在の東北新幹線の「なすの」の様に、軽井沢止まりの「そよかぜ」にでも なるのでしょうか?

急行「ときわ15号」硬券グリーン指定券
キハ58系12連の急行「ときわ・奥久慈」は一日2往復していた。特に「奥久慈1号・4号」
(それぞれ「ときわ7号・6号」に併結)は、上野と郡山を水群線経由で結んでた。


急行「大社」硬券指定券
大社線、山陰線、宮津線、舞鶴線、小浜線と経由して敦賀駅で米原経由の名古屋行きと 北陸本線の福井行きに分割した。

特急「ひばり24号」硬券指定券
新幹線は確かに速くて、移動だけに鉄道を使う出張などの時はいいけど、「旅」という点で 新幹線を使うと最低だと思う。在来線だと車窓が楽しめるので長時間乗車していても 楽しく、そんなに時間が気にならないけど、新幹線だと、「のぞみ」にしてももっと 時間の短縮ができないのか!と思う位、退屈だ。
旅を楽しんで仙台に行くのであれば、現在では常磐線でのんびりと車窓を楽しみながら 仙台行きの「スーパーひたち」で行くといい。


急行「越前」硬券B寝台指定券
10系寝台車は超〜狭いけど、窓が開くので良かった。碓氷峠越えのとき、いきなり 乗り心地が悪くなるので、せっかく寝ているのに起こされてしまった人は、いるはずだ。
ご存知の様に、現在の急行「能登」は当時、上越線経由で上野〜金沢をカバーしていた。
ちなみに、急行「越後」は大阪〜直江津を湖西線経由で結んでいた。


寝台特急「紀伊」硬券座席指定券
以前、名古屋駅構内でDD51が名古屋で停車中の寝台特急「出雲3号・紀伊」の最後部に 突っ込み、その時大破したスハネフ14の変わりに,一時期スハフ14を連結していた時の ものです。
寝台特急「紀伊」って、名古屋と亀山で2回、方向が変わるのでなんだか楽しかった。
当然この時も、指定席付いているなんてほとんどの人が知らなかったせいか、指定席は 私一人の貸し切り状態だったのは、言うまでもない。


夕張線「紅葉山」駅硬券入場券
石勝線開通のために駅名が変更されてしまった。いい駅名だったのにねぇ。 現在は「新夕張」駅。

急行「志賀1号」硬券指定券
169系急行「志賀」は、急行「信州」、急行「妙高」と併結で運転され、屋代駅から長野電鉄に乗り入れ、 湯田中まで直通で走っていた。
急行「志賀1号」は、上野7:53発で、屋代で妙高高原行きの急行「妙高3号」(妙高高原12:43着)と分割し、屋代から長野電鉄に乗り入れ、 終点の湯田中には12:22着。


特急「みちのく」硬券指定券
当時、常磐線を走る列車で唯一食堂車を営業していた列車。(当時、485系特急「ひたち」 の食堂車は非営業だった。)583系の13両編成がなんともいえずよかった。
青森4:50発、上野13:55着で運転。


寝台特急「金星」硬券グリーン指定券
583系の寝台の下段は、A寝台の下段より広くてあの値段はリーズナブルだと思う。 パンタの真下の中段は、上段がないのでなかなかグー!